結局、何故思考停止に陥るのか
第2・3編で散々見てきましたが、人間は周囲からの同調圧力、とりわけ「上司からの命令」に極めて弱い動物です。
これは、進化の過程で群れで生きることを選択した人間という動物の宿痾として、強いものに服従し、弱いものを支配したいという無意識の願望が、恐らく遺伝子レベルで組み込まれているからなのでしょう。1
だから、上司から命令されるろ、「おかしいんじゃないか」と思う自分の感情を無視する、又は押し殺して、自分自身を騙して、命令に従ってしまう。
例えその命令が、非人道的なものであったとしても。
それに加えて、「面倒くさい」という感情もあります。
何かをわざわざ自分で考えるのは確かに面倒でしょう。
勉強なんかしたくなーい、わざわざ考えるなんてやーだ。
結果、比較的時間のある学生でさえも、選挙の投票率は半分を大幅に下回るという状況なのです。2
加えて、社会人になると仕事もあります。
自由というものは、ある意味重荷です。
何かをするには、わざわざ自分で考えて、責任を持って行動しなければならないのですから。
冷静に考えれば、それは十分背負う価値のある重荷です。
少なくとも私は背負いたいですし、このブログを見てくれている方々の大半もそうでしょう。
しかし、ついその重荷を放棄したくなる人間の心の弱さがあります。
自分には仕事がある。家計の心配もある。結婚していれば家庭内の責任もある。それらを何とかするだけで精一杯だ。
政治のことを考える、いやそもそもその前提となる知識を身につける余裕なんかない。
だからどの政党がいいかなんて分からない。どうせどこが政権を執っても同じだろう。
政治のことは専門家(政治家·官僚·有識者会議の大学教授など)に任せておこう。
自分が話をしても何も変わらないし、自分の無知が露見したら嫌だから、人と政治の話なんかしないでおこう。
いや、みんな無知でいよう、楽だから。
ああ、既存の政党·政治家達は、自分達の状況や、欲しているものを何も分かってくれない。3
あ、何か良さそうな政党が出てきたな。
私達の生活を良くしてくれるなら、それでいいよ。いいようにして。気にいったら買って(投票して)やるから。
ああ、その政党の言う通りにしていたら何か生活が少し良くなった気がする。
もういいよ。あなたを全面的に信頼するよ。従属するよ。だから、私達の生活を良くしてね。
……はっ。
こうして思考停止は起こり、ファシズムが発生するのです。
ヒーローが必要
しかし、いくら思考停止していると言っても、数百万人の人間を殺すという行動に、人々は一切疑問を感じなかったのでしょうか?
いや、実際には疑問を感じていた人はいたようです……おそらくナチ党員の間にさえも。4
第2編で述べたミルグラム実験でも、被験者達は全く平気でボタンを押していた訳ではなく、引きつり笑いを浮かべ、冷や汗を流し、膝をがくがく震わせながらボタンを押していました。
また、第3編で述べたスタンフォード監獄実験でも、看守役の内、積極的に虐待を行ったのは約3分の1で、残りの内約3分の1は積極的に虐待を行う看守役に促され仕方なく虐待を行っており、最後の約3分の1は全く虐待を行わない(とはいえ、囚人役を助けたり、実験中止を提案したりもせず、ただ見守っているだけ)という状況でした。
さらに、ミルグラム実験では、部屋に2人の研究者を配置し、その一方が実験中止に積極的であると、被験者が早期に実験を中止するということが分かっています。
つまり
思考停止していても、「やめよう」という人がいれば、人は目覚めてやめることができるのです。
第3編で述べたスタンフォード監獄実験では、ジンバルト自身が後に、「流されていて、危険な状況であることを自覚出来なかった。 クリスティーナ・マスラックのお陰でそれに気づけた。 」と語っています。
どんな状況でも、おかしいことは「おかしい、やめよう」と言える人が必要なのです。 ジンバルトはそのような人物を「ヒーロー」と呼んでいます。
「陳腐な悪」に陥らず、「ヒーロー」になるために
流されるな、考えろ。おかしいことはおかしいと言おう。
「やめよう」という人がいれば、「思考停止」は解除されるのです。 ならば、どうして当時のナチスの中枢には「やめよう」と言う人がいなかったのでしょうか?
もちろん、総統閣下に反対すれば、自分も強制収容所送りにされるかもしれないという恐怖感もあったでしょうが、私は他にも、いわゆる「アビリーンのパラドックス」による所が大きいと思います。
「アビリーンのパラドックス」とはこういう話です。
ある八月の暑い日、アメリカ合衆国テキサス州のある町で、ある家族が団欒していた。 そのうち一人が53マイル(約85キロメートル)離れたアビリーンへの旅行を提案した。 誰もがその旅行を望んでいなかったにもかかわらず、皆他の家族は旅行をしたがっていると思い込み、誰もその提案に反対しなかった。 道中は暑く、埃っぽく、とても快適なものではなかった。 提案者を含めて誰もアビリーンへ行きたくなかったという事を皆が知ったのは、旅行が終わった後だった。
つまり、家族の誰もが旅行をしたくないと思っていたのに、みんな遠慮してそれを言い出せず、誰も行きたくないアビリーン旅行に行ってしまったのです。
つまり、周りに流されず、「本当にアビリーンに行きたいのか、本当にこのままでいいのか」を考えた上で、おかしいことはおかしいと、倫理に基づいてはっきり言う勇気が必要なのです。
法より倫理を優先させろ
上で述べたように、どのような状況でも、流されずに倫理に基づいた決断を出せることが重要です。
倫理に基づく決断は、時に法を破ることがある
ということを、申し添えておきましょう。
歴史を振り返ると、完全に倫理に反していることが完全に合法であり、それらに抵抗することは非合法であったという例をいくつも見つけられます。
奴隷制度は合法でした。 ホロコーストは合法でした。 731部隊は合法でした。 アパルトヘイトは合法でした。
現代でも同じです。
内部告発サイトWikiLeaksを設立したジュリアン・アサンジは、あることないこと擦り付けられて国際指名手配され、在ロンドンエクアドル大使館からも追い出され、本稿執筆時点でイギリス警察に不当に勾留されています。 この先、どうされるか分かったもんじゃありません。
アメリカ(及びその同盟国)による大量監視5を内部告発したエドワード・スノーデンは、アメリカ政府より数十の容疑で指名手配され、現在もロシアでの亡命生活を余儀なくされています。
アメリカがイラク戦争でイラク市民やロイターの記者を銃撃し殺傷したことなどをWikiLeaksに内部告発したチェルシー・マニング(旧名ブラッドリー・マニング)は敵幇助罪6を含む22の罪で告発され、恩赦がなければ懲役35年の刑に服さなければいけませんでした。
もちろん、法は尊重し、守るべきです。 しかしそれは、法が倫理に適している場合のみの話です。
最後に
最後に、この写真をお見せしましょう。
これは1936年、ナチス政権下でのドイツ海軍の進水式の写真なのですが、皆がナチス式敬礼を行っている中で、丸で囲まれた人物7のみが敬礼していません。
僅かな抵抗ではありますが、不服従を貫いているのです。
このような姿勢が大切なのです。
参考図書
今回の記事で参考にした本の題名をべたべた貼っておきます。 気が向いたら読んで下さい。
- エルサレムのアイヒマン(ハンナ・アーレント)
- 全体主義の起原 1――反ユダヤ主義(ハンナ・アーレント)
- 全体主義の起原 2――帝国主義(ハンナ・アーレント)
- 全体主義の起原 3――全体主義(ハンナ・アーレント)
- 群集心理(ギュスターヴ・ル・ボン)
- 服従の心理(スタンレー・ミルグラム)
- 服従実験とは何だったのか(トーマス・ブラス)
- ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき(フィリップ・ジンバルドー)
- 自由からの逃走(エーリッヒ・フロム)
- ワイマールからヒトラーへ(エーリッヒ・フロム)
- 彼らは自由だと思っていた(M・マイヤー)
- わが闘争(上)―民族主義的世界観(アドルフ・ヒトラー)8
- わが闘争(下)―国家社会主義運動(アドルフ・ヒトラー)8
- ヒトラー演説(高田博行)9
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ネトウヨ共が生まれる原因の一つも、ここにあるのではないでしょうか。 ↩︎
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本稿執筆直前の国政選挙である第25回参議院議員通常選挙での18歳、19歳の投票率はそれぞれ34.68%、28.05%。(出典:0テレNEWS24、魚拓) ↩︎
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声を上げて要望を伝えない以上、政治家が分かってくれないのは当然なのですが。 ↩︎
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例えばアントン·シュミットというドイツ軍曹長は、ポーランドで部隊からはぐれて迷っているドイツ兵を拾うという任務を行っている内に、1941年10月、たまたまユダヤ人地下組織の人々と出会い、それ以来5カ月後にそれが発覚して処刑されるまで、地下組織に無償で偽造書類や軍用トラックを渡して、援助しました。また、このような明確な反逆行為は行わなくても、色々理由を付けて命令の実行を遅らせ、間接的にユダヤ人達を助けた人々は多くいます。 ↩︎
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この問題については、今後当記事とは別件で取り上げたいと思っています。 ↩︎
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これは死刑になることもある罪です。 ↩︎
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アウグスト・ランドメッサーという人物だと言われています。 ↩︎
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よく考えずに読むと危険です。流されないように、裏をとりながら、批判的に読んで下さい。 ↩︎
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会社でのプレゼンテーションなどには有用でしょうが、決して悪用しないようにお願いします。 ↩︎