ファシズムの心理学 ~権威に従うということ~ 第3編

社会心理学

第1編、第2編と、人間は周囲からの圧力、特に「権威」からの命令にどれほど弱いかということを散々見てきて、うんざりしているかもしれませんが、後一つだけ例を挙げさせて下さい。

スタンフォード監獄実験

スタンフォード監獄実験とは、1971年8月14日から20日までの間、スタンフォード大学心理学部で行われた、「人の行動は、与えられた立場や状況によってどのように変わるか」ということを調べるために行われた実験です。

余談ですが、この実験を行ったジンバルドという心理学者は、第2編で述べたミルグラム実験を行ったミルグラムと高校の同級生です。

この実験の概要を端的に言うと以下の通りです。

被験者を看守役と囚人役に分けて、2週間1刑務所に入れておいたら、どうなるか調べる

まず、ジンバルトは昔、実際に刑務所にいた元囚人をコンサルタントとして雇い、スタンフォード大学の地下実験室を刑務所の様に改造しました。2

次に、ジンバルトは新聞広告などを使って、大学生を被験者として集め、最終的に21人が参加することになりました。
報酬は一日15ドル3

その後、くじ引きで看守役と囚人役が決められ、11人が看守役に、10人が囚人役となりました。

この実験ではリアリィティが重視されました。

まず、実験初日の朝、本物の警察が囚人役の被験者を、家まで逮捕しに来ます。

これが本当の事件だったならば、取り調べ&裁判で有罪となってから刑務所送りですが、流石にそれをやると時間がかかりすぎるので、パトカーは直接スタンフォード大学の地下実験室へ。

その後、刑務所に改造された地下実験室で、囚人役の被験者は、指紋採取され、看守の前で裸にされ、シラミ駆除剤をぶっかけられます。

その後、囚人役は下着の着用を認められず、背中と胸に自分のID番号が記された女性用の上っ張り、もしくはワンピースを着用させられ、頭に女性用のナイロンストッキングから作ったキャップ帽を被せられます。
そして歩行時に不快感を与えるため、囚人役の足には常時南京錠が付いた重い金属製の鎖が巻かれます。4

そして、地下実験室の独房の中に放り込まれ、トイレ以外の外出が禁止されます。

他人を名前で呼ぶことは禁止で、先述したID番号で呼び合います。

さて、看守役には、制服・警棒・サングラスが配られます。

そして、看守長の服を着たジンバルトから、「秩序を保って下さい。」とだけ、命令されます。

この模擬監獄には細かいルールも色々ありましたが、一つ大原則が定められていました。

暴力禁止

しかし、このルールは後に破られます。

囚人といっても別に悪いことをした訳でもないので、最初は看守と冗談を言い合ったりしていました。

しかし、1日目から看守役が調子に乗りだし、囚人に腕立て伏せをさせている最中に、その背中を看守や他の囚人に踏ませたりします。

そこで、不満に思った囚人役達が、2日目に暴動を起こします。

看守役達は応援を呼んで消火器などを使ってこれを鎮圧、囚人がバリケードに使っていたベッドを撤去しました。

その後、看守達はこのような暴動を起こさないためにはどうすればいいかを考えて結論を出しました。

「囚人同士を対立させる」というものです。

具体的には、囚人達を、看守の言うことをよく聞く模範囚グループと、反抗的な囚人グループに分けました。

その上で模範囚にだけベッドを使わせたり、メシ抜きの反抗的な囚人達の前で、高品質な食事を与えたりしました。5

それだけではなく、看守役は模範囚グループの人間と反抗的な囚人グループの人間をたまに少しずつ入れ替えました。

これで、囚人同士の団結は崩壊しました。

これで、囚人達は看守に気に入られるよう行動するようになり、本当の囚人らしくなっていきます。

二日目、一人が精神錯乱の様な症状になり、脱落しました。6

その穴埋めに、実験に応募していたが、抽選に落ちて参加していなかった一人の人物が、新しい囚人役として入れられました。

しかし、この囚人役は、監獄の状況を内部から探るためのスパイでした。

しかし、この新しい囚人は、直ぐにスパイとしての役目を果たせなくなります。

監獄内の状況に順応して、他の囚人達と同様の行動しかしなくなったからです。

さて、先述の暴動の首謀者だった囚人は、看守達によって、隔離独房に入れられました。

そこで、看守達はこの囚人に長期運動をさせたり、トイレを使うことを許さず、バケツで用を足させる(しかもそのバケツの中身を捨てない)など、扱いはどんどん酷くなって行きました。

この実験では、囚人達は、家族と面会することが認められていました。

しかし、看守達は家族が面会に来るときだけ独房の中を綺麗にし、囚人達に「刑務所の中は快適だ」と言わせたりしたので、家族は誰も、こんな人権侵害が行われているとは知りませんでした。

さて、三日目、看守役の一人が、先述の精神錯乱で去った囚人が、仲間を連れて監獄を襲撃することを計画しているという噂を聞きつけてきました。

そこで、看守達は囚人達を地下実験室から5階に移動させ、ジンバルトは地下実験室に残り、もし脱落した囚人が現れた場合、「実験は終了した」と伝えることにしました。

しかし、これは囚人達が願望として流した噂で、全く根拠はありませんでした。

そこで、独房は地下実験室に再建されました。

看守達の虐待はさらにエスカレートしていきます。

例えば、トイレットペーパー一切れだけでトイレ掃除をさせたり、素手で靴磨きをさせたりしました。

この頃、ジンバルトはこの模擬刑務所と実際の刑務所の様子を比べてもらうため、実際の刑務所で教誨師をしている牧師を投入しました。

この牧師は囚人役達をカウンセリングして、驚きました。
囚人役達は、本当の刑務所の囚人達と、全く同じ様な精神状態だったからです。

三日目、囚人番号819番が、二人目の精神錯乱患者となり、医者に見せるため別室待機とされました。

すると、看守達は、他の囚人達に、「819番は駄目な囚人です!」と、819番に聞こえるように大声で連呼させました。

819番は泣きながら戻る意志を見せましたが、ジンバルトは819番を離脱させました。

四日目、一人の囚人が実験の中止を求めたため、仮釈放審査と称して大学院生・先述の刑務所コンサルタントで構成される委員会を作り、囚人達と面談しました。

この面談の際、「もし実験を中止するならば、1日15ドルの報酬は支払えなくなるが、良いか?」という問いに、殆どの囚人が「それでも良い」と答えました。

委員会のメンバーが囚人達に独房に戻るよう命じると、全ての囚人が素直に監獄に戻りました。

五日目には、看守の囚人への暴言の頻度が、初日の19倍にまで増えていました。

そして、看守達は監視カメラを切って、ジンバルトに見えないように囚人を虐待しだしました。

しかし、ジンバルトは隠しカメラも設置していたので、この様子も見えていました。

さて、この様子を知った先述の牧師が、家族と弁護士を連れて、実験中止を求めにやってきます。

しかし、看守達は「話が違う」と抗議して実験続行を希望、ジンバルトも「この様子を観察したい。」と言って、実験続行を希望しました。

しかし、ジンバルトの同僚であったクリスティーナ・マスラックという心理学者(女性)が、ジンバルトに「この人権侵害を今すぐ止めなければならない。」と進言したこともあって、六日目に実験は中止されます。

その後、ジンバルトは「私も状況に呑まれていて危険な状態であることを理解出来ていなかった」と述べています。7

この実験では、囚人と言っても、ただコインの表裏で決めた存在です。

しかし、その様な囚人に対しても、虐待が起こってしまう。

人は与えられた地位と役割にすぐ順応するという恐ろしい結論が導かれます。

アブグレイブ刑務所イラク人捕虜虐待事件

スタンフォード監獄実験から33年後、アブグレイブ刑務所という刑務所で看守達がイラク人捕虜を虐待していることが、内部告発により発覚しました。

様々な虐待画像がネットに出回っていますが、精神的にかなり良くないので、貼りません。
見たい人は自分で検索して下さい。

この話を聞いたジンバルトはこう思います。

「スタンフォード監獄実験と全く同じではないか?」8

この事件は内部告発により発覚したのですが、告発者は家族と共に3年間は逃亡生活を余儀なくされました。

結論

スタンフォード監獄実験にしろ、アブグレイブ刑務所イラク人捕虜虐待事件にしろ、「おかしい」という人がいたから終わっています。

アブグレイブ刑務所イラク人捕虜虐待事件の様に、「おかしい」と言う人には身の危険が伴うかもしれませんが、流されると全体が制御不能になります。

勇気を持って止める人が必要なのです。

次回に続きます。

  1. 後述しますが、実験は6日目に中止されました。
  2. 本当は本物の刑務所を一部借りて実験をしたかったが、許可が下りなかったそうです。
  3. 当時のレートで5400円ですが、大卒初任給が約50000円の時代です。
  4. 流石に、現在では囚人に対しこれほど非人道的な待遇を行っている国は殆ど無いです。
  5. 他の囚人達に配慮して、これらの特権を受けることを拒否した模範囚もいました。
  6. これは、実験をやめて勉強するための仮病だったことが判明しています。
    本人は投獄中にも勉強が出来ると思っていたようですが、看守役が許可しなかったためです。
  7. この実験が関係しているのかは分かりませんが、ジンバルトはその後、この実験を中止するよう進言したクリスティーナ・マスラックと結婚します。
  8. その後、ジンバルトはこの事件の調査委員会のメンバーに選ばれました。

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